センスのある太田総合病院
血友病患者を責めることはできないはずなのだが“感染源としての血友病患者”というイメージが生まれてしまった。
小学生の息子が血友病患者でエイズに感染している、という一人の父親は、「息子が血友病であると学校に知られたら、たいへんなパニックが起こって登校できなくなるだろう」と苦しげに言った。
その人は「血友病少年エイズ感染」(兵庫)という大きな見出しの新聞記事を持っていた。
「クギを心臓に打たれる思いですよ。
私は息子に新聞を見せられませんでした。
血液製剤で感染している患者は各地にいっぱいいます。
今度はそれを洗い出すのでしょうか」I.Yさんの所へも、悩みが寄せられていた。
この春、就職が決まっていた大学生は、会社からエイズに感染しているかどうかの医師の診断書の提示を求められた。
幼稚園への通園を拒否された子もいる。
京都や静岡の保健所では、血友病の専門医を通して血友病患者を呼び出し、抗体検査を勧める動きまであった。
私は、撮影が済んでいた人たちへのインタビューは撮り直す約束をした。
顔がわからないように工夫し、声も変えることにした。
そして胎児診断の番組を作る前に、エイズパニックの番組を作ろう、と思いたった。
パニックは何故どのように起こったのか、それによって誰が被害を受け、苦しんでいるのかを明らかにしてみょうと思った。
これは何よりも、血友病患者の取材を通して、その闘病の苦労と、それにもめげずに必死で生きている人に圧倒されたからであり、そのような人をさらに追いつめようとするパニックヘの疑問い憤りが強くなったからである。
マスコミの責任は大きい。
しかし問題は、報道のゆきすぎだけではないに違いない。
「神戸事件」の混乱のなかから、エイズ患者・感染者を取り締まり、管理しようという発想のエイズ予防法の構想が浮上して、議論のないままひとり歩きしようとしている。
これも不気味だった。
何だかよくわからないが、ムズムズする。
どうしてこれまでエイズに無関心だったのか、ぼんやりしていた自分に舌打ちをしたくなった。
あわててエイズの勉強を始めた。
血友病の人たちや医師のレクチャーを受けた。
エイズパニックを取材する時に悩んだ問題は、現実に何、が起こったかを把握するために、当事者証言を聞かなければならないこいたった。
プライバシーを侵害されて傷ついている人に対して、報道の目的、が違うとはいえ、パニックを煽ることになった取材陣と私たちが同じ行動をとっていいのだろうか。
地元のN放送局では、患者の写真や実名を出すことはなく、遺族への取材も行っていない。
私たちには、遺族への取材が許されるのだろうか。
取材方針をめぐる連記事を集めてみると、押しかける取材者から身を守ろうと逃げまどい、うずくまる遺族の姿が浮かびあがってくる。
私たちの取材が追撃ちをかけることになってはならない。
最終的には、次のようにした。
「神戸事件」に関しては、女性患者の遺族となった両親に、こちらの真意と番組のねらいを伝えるための手紙を出す。
神戸取材に入った時、電話をかけて話が聞けるかどうかを尋ね、了解が得られたら自宅に伺う。
兵庫県庁、神戸市役所の行政担当者、取材に入ったマスコミ関係者、病院関係者、取材攻勢にさらされた教会や葬儀関係者などには、できる限り、当時の状況を聞く。
「高知事件」では、無事出産をおえた女性や血友病の男性への取材はしない。
関係者にあたることと、県内でおきだデマやウワサによる被害、その原因を洗い出すこと。
血友病患者団体と、自発的に抗体検査を行っている男性同性愛者のグループも取材する。
ロケは二方向に別れた。
私は神戸に向かった。
しかしこちら、が臆していたのでは、万が一という可能性もなくなってしまう。
こういう時は平常心を維持し、希望を失ってばならない。
とは言っても、エイズで娘を亡くした両親への電話は、なかなかかけられなかった。
神戸に着き、あちこち訪ねる間に、いくらでも電話をかけるチャンスはあったのだが、のばしのばしにして気がつくと、どっぷり日が暮れていた。
すでに投函してある手紙は、相当ていねいに書いた。
意を尽したはずだ。
たとえ断られても、当時の異常な状況を語る証言者は他にもいる、そう自分に言いきかせて、町角のボックスからやっと電話をかけた。
ネオンが瞬いているにぎやかな通りだった。
繁華街からはずれた住宅密集地に、A子さんの実家はあった。
質素な木造の家だった。
娘を亡くして、約二ヵ月、嵐のような日が過ぎて落ち着いてきたからだろうか、両親はパニック当時の惨状を誰かに聞いてほしくてたまらないようだった。
挨拶もそこそこに、自分たちがとりあげられた雑誌や新聞をひとかかえ、持ってきた。
記録をとっていたメモ帳と名刺の束も広げられた。
二人は娘が亡くなるまでの病状の変化いますコミ各社とのやりとりを細かく覚えていた。
そしてマスコミを訴える決心を固め、神戸市法務局の人権擁護委員会にもこの話をもちこんでいることがわかった。
どうして情報が洩れたのか、両親にもエイズという病名が知らされていなかった一月二○日の死亡時には、すでに何人もの報道関係者が病院に来ていたという。
小柄だが、がっちりした体のA子さんの父親は、「私たちはクリスチャンですが……」と前置きをして、「マスコミの人たちの取材のしかたも、記事の内容もメチャクチャでした」と話し始めた。
該当する雑誌や新聞の記事が、次と示された。
遺族の怒りは、取材者たちが許可なく写真を撮り、各社、勝手な物語を作りあげて記事にしているところにあった。
弔問客を装って葬儀に参列し、遺影を隠し撮りする。
取材のテレビカメラや記者たちは、自宅前にたむろし、五、六人がかたまって玄関口からあがりこんだ。
どさくさに紛れて写真を撮る。
電話で断っても、それガンのまま記事になる。
何十人と来るので、隣の犬は吠えるし、近所づきあいはなくなった。
両親から話が聞けないとわかると、取材者は隣近所やA子さんの母校、もといた職場、教会へ向かう。
そこでどんなデタラメを言われても、両親は反論することができない。
やがて町を歩いていると、いろいろな人がじっと自分たちを見ているのに気づくようになった。
買い物に行くと、露骨にイヤな顔をされた。
娘を病気で亡くしたというのに、何故このような仕打ちを受けなければならないのか。
とりわけ両親の心を深く傷つけていたのは、A子さんが「売春をしていた」と言われたこいたった。
この話になると、父親は途方にくれたように、急に老けこんだように感じられた。
一体どうやって娘から話を聞き出せたのか。
「医者が『あんたの相手は四人か、十人か、百人か、千人か』と聞いたと言うんですよ。
そんないいかげんなことで“売春婦”と言われるんですか?あの子は自分にぴったりした人を探して、占いをしたり慎重に人を選んでいました。
幸せになりたくて、結婚のことを考えすぎるくらい考えてした子です」これは後に、A子さんの両親、が『女性セブン』、『フォーカス』、『フラッシュ』の出版元の三社を相手どり、死者の肖像権侵害と名誉毀損などで、大阪地方裁判所に損害賠償請求の訴えを出し九時の争点のひとつとなった。
「A子さんの性交渉相手は百人」説は、最初の記者会見で明らかにされたのだが、あいまいな事情聴取によるものではなかったか、ということは当初から言われていた。
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